緊張のコントロール

どうも、「緊張しい」のネット店長です。

ほとんど参加はしませんが、大会や審査などでは引きつつも無意識に脚が震えてしまうことがあります(‘A`)

そもそも稽古不足、経験不足というのが最大の原因かもしれませんが(汗、心理的な要因も少なからずありそうです。

だいぶ前の放送ですが、NHK『ためしてガッテン』で緊張や不安に関する特集がありました。→視聴者の方による要約記事(外部ブログ)

番組内では確か、二人の方にバンジージャンプをさせて心拍数などを比較するという、すごい実験があったように記憶しています。(ちなみに私、高所恐怖症でもあります……)

その実験とはバンジージャンプ!

二人の男性に挑戦してもらったところ、不安を巨大化させてしまう誰もが陥りやすい「落とし穴」が潜んでいることが明らかになったのです。

その落とし穴とは、不安を無理に「押さえつけよう」としたり、不安を引き起こす原因から「目を背けよう」とすること。

この落とし穴に見事にはまってしまった番組ADは不安が巨大化してしまい、
「ゴムが切れたらどうしよう」
「装備が外れたらどうしよう」
「ゴムが伸びきって岩に激突したらどうしよう」
という不安の渦に巻き込まれてしまいました。

一方、もう一人の男性は、不安なことを「考えてもしょうがないから」と、特に考えずにバンジージャンプに臨みました。

その結果、大きな不安に巻き込まれることなく、見事にバンジージャンプを飛んだのです。

ここで言われている不安を弓道(競技、審査など)に置き換えれば、

「相手チームが強かったらどうしよう」
「自分の矢だけ外れたらどうしよう」
「観客、審査員にどう見られているだろうか」

あたりでしょうか。

バンジージャンプの実験で不安にのまれなかった方は、「何を考えていましたか」という問いに、「怖いですが、考えても仕方がないので、川のせせらぎを聞いていました」と答えられたそうです。実はこの方、お坊さんだったそうですが、悟りの境地なのでしょうか……。

それを聞いて、「澄まし」という言葉を思い出しました。

すまし 澄し
心の動揺を静めて平常心となり、雑念を去つて純一無雑の心境となり、注意の中心を丹田に置き、体の配り、力の配りを考え、凝りなきやを考慮する機会が澄ましである。
『現代弓道小事典』より

例によって弓道用語は奥が深いものが多いですが、個人的にはこの言葉、行射中のいわば「セルフチェックルーチン」のようなものだと理解しています。外界の事象を気にしても仕方ないから、一節一節で「いつものアレ」を正確にこなすことだけに集中しよう、と。それが難しいのですが…(泣

弓矢を扱う練習だけでなく、心を「扱う」練習も大事ですね。

 

気になったらシェア